大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)9784号 判決

主文

一  被告宗教法人瑞泉院は、原告に対し、一五万六〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月一三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告に対し、六六万五〇〇〇円及びこれに対する平成四年四月一三日から(但し、被告宗教法人瑞泉院は同年六月一八日から)支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

五  この判決の一、二項は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは、連帯して、原告に対し、二二三万七二〇〇円及びこれに対する平成四年四月一三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  原告は、平成元年一二月、被告宗教法人瑞泉院所有経営にかかる埼玉県入間市所在の墓地「西東京コスモパーク霊園」の一区画(一平方メートル)(本件区画)について、被告宗教法人瑞泉院との間で墓地永代使用契約(本件墓地永代使用契約)を結び、同年一二月六日、永代使用料一五万円と三年分の管理費六〇〇〇円を支払つた。

2  被告宗教法人瑞泉院は、右「西東京コスモパーク霊園」の管理を被告吉野昌男に委託し、被告吉野昌男は、西東京コスモパーク霊園管理事務所なる名称でこれを管理している。

3  原告は、平成二年三月、被告宗教法人瑞泉院及び被告吉野昌男の指示に従い、その指定する石材店によつて、本件区画に墓石(本件墓石)を建立し、亡父の遺骨を収納した。墓石建立の代金は消費税を含めて一〇八万一五〇〇円であり、原告はこれを被告宗教法人瑞泉院に支払つた。

4(一)  ところが、被告らは、原告の承諾を得ないで、平成四年四月上旬ころ、原告の建立した本件墓石の向きを南西向きから西向きに勝手に変えてしまい、中に納められていた遺骨をも動かしてしまつた(本件墓石移動行為)。

(二)  原告は、無断でなされた本件墓石移動行為によつて、その祖先に対する崇敬心を著しく傷つけられた。

(三)  しかるに、被告らは、本件墓石移動行為を原告に謝罪しようとしない。

5  (契約の解除)

(一) 被告宗教法人瑞泉院の本件墓石移動行為及びその後の応対は、被告宗教法人瑞泉院が本件墓地永代使用契約に基づいて原告に負担していた本件区画の管理義務に違反するものであり、かつ、継続的契約(本件墓地永代使用契約)における原告との信頼関係を著しく破壊するものである。

あるいは、被告宗教法人瑞泉院の本件区画管理義務の履行には治癒できない瑕疵があるものというべきである。

(二) そこで、原告は、本件訴状によつて、被告宗教法人瑞泉院に対し、本件墓地永代使用契約を解除する旨の意思表示をし、本件訴状副本は平成四年六月一七日に被告宗教法人瑞泉院に送達された。

6  よつて、原告は、被告宗教法人瑞泉院に対し、原告が同被告に支払つた前記一二三万七二〇〇円の返還を求めるとともに、損害賠償として、原告がその祖先に対する崇敬心を著しく傷つけられたことによる慰謝料一〇〇万円の支払いを求める。

7  (不法行為)

また、被告吉野昌男の本件墓石移動行為は、それ自体、原告に対する不法行為を構成するものであるから、原告は、被告吉野昌男に対し、右不法行為による損害賠償として、左記合計二二三万七二〇〇円の支払いを求める。

(一) 被告吉野昌男の本件墓石移動行為により、原告は、被告宗教法人瑞泉院との本件墓地永代使用契約を解除せざるを得なくなり、そのため、前記一二三万七二〇〇円の損害を被つた。

(二) 本件墓石移動行為により、原告はその祖先に対する崇敬心を著しく傷つけられた。その精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円が必要である。

二  被告らの主張

1  被告宗教法人瑞泉院が永代使用料一五万円を、被告吉野昌男が三年分の管理費六〇〇〇円をそれぞれ受け取つたことは認めるが、被告宗教法人瑞泉院が原告主張の本件墓石代金一〇八万一五〇〇円を受け取つたことはない。右金員は被告らと関係のない石材店が受領したものである。

2  そもそも原告が建立した本件墓石の基礎部分は約一五センチメートルほど参道にはみ出しており、このはみ出しについて被告らが了承したことはない。

被告吉野昌男は、右はみ出しが他の墓参者の通行の妨げとなつていたことから、これを正規の位置に正すべく、右基礎部分を若干奥に押し込んで正規の位置に直したのである。それは、たとえ原告の承諾がなかつたとしても霊園の管理者としてなし得る正当な行為であり、なんら原告との信頼関係を破壊するものではない。もとより、これによつて被告宗教法人瑞泉院に責任が発生することもない。

3  仮に被告吉野昌男の右基礎部分移動行為について被告らに責任があるとしても、もともと右基礎部分を正規の位置に設置しなかつた原告にも多大な過失がある(石材店は原告の履行補助者である。)。

4  原告は、平成四年五月ころ、「墓地についての権利を放棄する。」旨述べて、「西東京コスモパーク霊園」から本件墓石を移動し、被告らはこれを了承した。これによつて、原告は、本件墓地永代使用権を放棄したか、あるいは、被告宗教法人瑞泉院との本件墓地永代使用契約を金銭的清算を伴わないで合意解約したものである。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1(一)  被告宗教法人瑞泉院は、埼玉県入間市《番地略》に「西東京コスモパーク霊園」と称する墓地を所有経営し、その管理を被告吉野昌男に委託している。

また、被告宗教法人瑞泉院は、東京墓園協会に右「西東京コスモパーク霊園」の区画永代使用権の販売を委託している。

(二)  被告吉野昌男は、被告宗教法人瑞泉院からの右委託に基づいて、右「西東京コスモパーク霊園」を西東京コスモパーク霊園管理事務所なる屋号で管理している。

2  原告は、平成元年に父越後繁三を亡くし、東京墓園協会を訪れ、そのパンフレット等から、「西東京コスモパーク霊園」内に墓を建てることとし、同年一二月八日、「西東京コスモパーク霊園」内の一区画(王華区画オ--一〇番一平方メートル)(本件区画)について、東京墓園協会を通じ、被告宗教法人瑞泉院との間で墓地永代使用契約を結び(本件墓地永代使用契約)、東京墓園協会を通じて、被告宗教法人瑞泉院に対し永代使用料一五万円と三年分の管理料六〇〇〇円を支払つた。

3(一)  原告は、東京墓園協会及び被告吉野昌男の指定する石材業者有限会社コスモ石材店に東京墓園協会を通じて墓石の建立を依頼し、平成二年一月、本件区画に墓石(本件墓石)を建立せしめた。その代金は消費税を含めて一〇八万一五〇〇円であり、原告は、これを東京墓園協会を通じて有限会社コスモ石材店に支払つた。原告が本件墓石の建立について直接有限会社コスモ石材店と交渉したことはなく、原告は、それを東京墓園協会にまかせていた。

(二)  しかし、本件墓石はその基礎ベース(本件基礎ベース)の左前部分が本件区画から少し参道にはみ出しており、向きも南西向きとなつていて、早晩正しい位置に直さなければならないものであつたが、当時はまだ周囲に余り墓石が建立されておらず、参道もさして判然とはしていなかつたため、被告吉野昌男はこれを黙認し、了承していた。

(三)  原告やその妹らは、その後、周囲に他の墓石が建立されてきたことから、本件墓石の向きが他のものと違うことに気づいたが、本件墓石と同じ向きに建てられた墓石も他に一基あつたことから、特に気にすることもなく、墓参を繰り返していた。

4  こうした中、平成四年四月上旬、被告吉野昌男は、右のとおり、本件墓石の基礎ベースが参道に少しはみ出しており、向きも他の墓石とは違つていたことから、本件基礎ベースを本件墓石がのつたままの状態で少し奥に押し込むように移動させて正規の位置に直し(本件墓石移動行為)、これによつて、本件墓石の向きも南西向きから西向きに変わつてしまつた。右移動については原告の承諾を得ていなかつた。

5  原告及びその妹らは、本件墓石移動行為が同人らに無断でなされたことに立腹し、被告吉野昌男及び被告宗教法人瑞泉院に対し謝罪を求めたが、同被告らがいずれも誠意ある対応をしなかつたため、遂に被告宗教法人瑞泉院に対する信頼を失うに至つた。

6  そのため、原告は、越後家の墓を「西東京コスモパーク霊園」内にもつことはできないと考え、平成四年五月、その旨を被告吉野昌男に告げて、本件墓石を「西東京コスモパーク霊園」内から新たに求めた別の墓園に移設した。その費用として、原告は、五六万五〇〇〇円を支出した。

以上の事実が認められる。

二  判断

1(一)  右認定の事実によれば、被告宗教法人瑞泉院は、「西東京コスモパーク霊園」内の本件区画について原告と墓地永代使用契約を結んだのであるから、本件区画を管理する義務を原告に対して負担していたものというべきところ、その履行補助者たる被告吉野昌男の本件墓石移動行為によつて右管理義務に違反し、また、その後の誠意を欠く対応によつて原告をして被告宗教法人瑞泉院に対する信頼を失わせるに至らしめたのであるから、原告は、継続的契約における信頼関係の破壊を理由として、被告宗教法人瑞泉院との本件墓地永代使用契約を解除することができるものというべきである。

(二)  そして、原告が平成四年六月一七日に被告宗教法人瑞泉院に送達された本件訴状副本によつて本件墓地永代使用契約を解除する旨の意思表示をしたことは、本件記録上明らかであるから、そうすると、本件墓地永代使用契約は右平成四年六月一七日に解除され、被告宗教法人瑞泉院は、原状回復義務として、原告から受領した前記永代使用料一五万円と管理費六〇〇〇円を返還すべき義務があるものというべきである。

(三)  更に、被告宗教法人瑞泉院は、右解除に伴う損害賠償として、原告の被つた損害を賠償すべき義務があるものというべきところ、その損害は、前記墓石移設費用五六万五〇〇〇円と本件墓石移動行為による原告の精神的苦痛に対する慰謝料一〇万円と認められる。なお、これら損害賠償の支払義務は本件訴状副本の送達によつて履行遅滞に陥るものである。

2  また、被告吉野昌男の本件墓石移動行為が不法行為を構成することは明らかであるから、被告吉野昌男は、これによつて原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。しかるときは、原告の損害は、次のとおり、合計六六万五〇〇〇円と認められる。

(一) 原告が本件墓石移動行為により被告宗教法人瑞泉院との本件墓地永代使用契約を解除せざるを得なくなり、建立した本件墓石を撤去しなければならなくなつたことによる損害五六万五〇〇〇円

(二) 原告が本件墓石移動行為により被つた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料一〇万円(なお、前記のとおり、本件墓石はいずれ正しい位置に直されなければならないものであつた。)

3  原告は、原状回復として被告宗教法人瑞泉院に対し本件墓石代金一〇八万一五〇〇円の返還を請求するが、本件墓石代金は被告宗教法人瑞泉院に支払われたものではなく、有限会社コスモ石材店に支払われたものと認められるから、原告の右請求は認容できない。なお、原告が請求する右一〇八万一五〇〇円については、それが容れられない場合に備えて、予備的に、同額の金員が損害賠償として請求されているものと解する。

4(一)  他方、被告らは、「本件墓石の基礎ベースは当初から約一五センチメートルほど参道にはみ出しており、被告らがこのはみ出しを了承したことはない。」旨主張する。

しかし、本件墓石が建立された当時周囲には余り墓石が建つておらず、参道も必ずしも判然とはしていなかつたこと、被告吉野昌男において本件墓石の基礎ベースが一部参道にはみ出していることを原告に告知してその是正を求めた事実はないこと、本件墓石移動行為がなされたのは本件墓石が建立された後二年以上もたつてからであること、等に徴すると、被告吉野昌男は本件墓石の建立を黙認し了承したものと認めるのが相当であつて、乙二号証の記載はにわかに措信し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

(二)  次に、被告らは、「被告吉野昌男の本件墓石移動行為は、本件墓石の基礎ベースが参道にはみ出しており、それが他の墓参者の通行の妨げとなつていたことから、これを正規の位置に正すべく、右基礎ベースを若干奥に押し込んだものであつて、それは、たとえ原告の承諾がなかつたとしても霊園の管理者としてなし得る正当な行為であり、なんら不法な行為ではなく、原告との信頼関係を破壊するものでもない。」旨主張する。

しかし、たとえ本件墓石移動行為自体は本件墓石を正規の位置に正すべくなされたとしても、前記認定のとおり、被告吉野昌男は一旦本件墓石の建立を黙認し了承したものであるから、以後これを変更する場合には改めて原告の承諾を要するというべきであつて、これを得ないでなした本件墓石移動行為は、やはり霊園の管理者としてなし得る範囲を超えているものというべきであり、それが墓石の移動という精神的なものを含むものであつてみれば、ひいて原告との信頼関係を破壊するに足る所為というべきである。

(三)  なお、被告らは、本件墓石の基礎ベースを正規の位置に設置しなかつた原告にも過失があつた旨主張するが、右のとおり本件墓石の建立については被告吉野昌男もこれを黙認し了承していたものと認められるから、本件墓石移動行為の発生について原告に過失があつたということはできない。

(四)  なお、また、被告らは、「原告は、平成四年五月ころ、「墓地についての権利を放棄する。」旨述べて、本件墓石を移動し、被告らはこれを了承したから、これによつて、原告は本件墓地永代使用権を放棄し、あるいは、被告宗教法人瑞泉院との本件墓地永代使用契約を金銭的清算を伴わずに合意解約したものである。」旨主張する。

しかし、本件全証拠を検討しても、原告の本件墓地永代使用権の放棄あるいは原被告間の本件墓地永代使用契約の合意解約を是認するに足る証拠はない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例